東京高等裁判所 昭和28年(う)4017号 判決
被告人 原昭治
〔抄 録〕
原審が取り調べた証拠に現われた事実によれば、本件起訴事実中、被告人が国有鉄道(以下国鉄と略称する)東神奈川車掌区所属車掌として昭和二六年一二月一三日大宮発鶴見行第七五五C号電車に乗務し、同電車が同日午前七時四四分頃東京都北区赤羽一丁目八〇番地国鉄赤羽駅構内京浜線上リホームから発車するに際し、同電車の先頭から一輛目と七輛目の車輛の出入口ドアーが完全に閉鎖すれば消燈する所謂側燈が消燈しなかつたが発車合図をし発車させたため、ドアーが完全に閉鎖されていなかつた七輛目車輛の後部から二番目の出入口より乗客の牧野よし子(当時二十四歳)が車外に転落したので、これを認めた被告人が急遽急停車の措置を取つたが、電車は、約七、二米進行したので時已に及ばず同女は電車とホームの中間に挾さまれ腰、腹部及び右下肢挫傷、内臓損傷、骨盤骨折等を蒙り、同日午後〇時二〇分頃同区袋町一丁目三一番地国立王子病院に於て腹腔内出血によつて死亡した事実はこれを認めるに十分であり、原審もこの事実は証拠によつて認定しているところである。よつて被害者牧野よし子の右転落が被告人の過失に基くものであるか否かにつき按ずるに、
先づ原審証人牧野市五郎の尋問調書、同人の司法警察員に対する供述調書、原審公判調書中証人牧野慶次郎及び被告人の各供述記載、昭和二八年四月二二日附東神奈川車掌区長の電車の出入口についてと題する回答書を綜合すると、本件発生当時赤羽駅は所謂通勤時間中で極度に混雑しており、電車の出入口ドアーが完全に閉鎖されたことを示す車輛側燈が全部消え運転士台にあるその知せ燈が点燈すると運転士は発車させる方式の連動式発車方法をとらず、側燈全部は消えないが、一、二燈が消えない程度で已むを得ない場合に車掌から運転士に対し電鈴による発車の合図を為しこれによつて運転士は発車をさせる方式による非連動式発車方法(見切発車とも云う)をとつていたものであり、この場合発車の合図は一つに車掌の権限にあつたものであることが認められ、この方法をとる場合でもドアーが三分の二以上閉つていることを要し、ドアーは完全に閉鎖されなくても三分の二以上閉つているならば普通人間が車外にはみ出ることはないものである事実を認めうるのである。
ところで以上の証拠並びに右認定の事実に、原審検証調書(その一、)(その二、)被告人の昭和二六年一二月一三日附司法警察員に対する供述調書、昭和二七年二月六日附検察官に対する供述調書、原審第六回公判調書中の被告人の供述記載、永峯茂平の昭和二六年一二月一三日附司法警察員に対する供述調書を綜合すると、被告人が発車の合図をする為立つていた右電車の最後部車掌室前のホームから右七輛目車輛の後部から二番目のドアー迄は約二五米の距離があり、当時極度の混雑時でその間には多数の降乗客が介在していて見透は悪く、故に被告人は発車の合図を為す以前に車輛の最後尾にある梯子の二段目に乗つて前方を注視して手笛を一吹しているのであるが、この時被告人は本件車輛出入口に男か女か判らないが茶色のオーバーの背中の方と裾の方が少し見えていたことを明らかに確認していた(その車輛の側燈が消燈していないことを認識していたことは勿論である。)ことが認められるのである。而して出入口から背中の方が見えていたということは人が前向きに車内に入らうとして完全に車内に入り切れず、身体の前面を車内に向けて出入口のところでドアーに挾さまれている状態を示すものであることは何人も容易に認識しうるところと認められ、しかも大人が車内に正面を向いたままで挾さまれているのであるからドアーは人体の幅だけ閉らずに居るものであり、少くとも三〇糎以上閉鎖未了であつたことは自明の理である。(右車輛出入口の有効幅員は八七糎であることは前記回答書の記載によつて認められる。)しからばかかる場合車掌としてはたとえ混雑時で所謂非連動方式の運転中であつてもむしろ混雑時であるから右のような状態で乗つている乗客は車外に押し出される可能性も大であり事故の発生を未然に防止する為、右出入口のドアーが果して三分の二以上閉鎖されているか否かを確認した後でなければ発車の合図をしてはならない業務上当然の注意義務があるものと認めなければならない。尤も被告人の居たところから右出入口までは約二五米の距離があり、その間には多数の人が介在し見透不完全であつたことは前認定のとおりであるが、このような場合自己が直接確認することができないときは同駅掛員をしてこれを確認させる等万全の注意を為すべきものと認める。しかるに被告人はなお永峯茂平の右供述調書によつて認めうるように当時同駅ホームで客扱をしていた同駅掛員永峯茂平の客扱終了の合図のないうちに右ドアーの閉鎖の状況を確認せず出発合図をしても差支ないもの即ち何等事故発生の危険なしと漫然思料して発車の合図をし、よつて右電車を発車せしめたのであり、その結果そのドアー閉鎖不完全の出入口から本件被害者牧野よし子が電車外に転落したのである以上、その転落が同人の電車から飛び降りようとした車に基因するとしても(原審証人牧野たかの尋問調書の記載によれば牧野よし子は自から飛び降りようとしたものとは認められない。原審が取り調べた証拠のうち同人が自から飛び降りようとしたもののように現われている部分は右証人牧野たかの供述に照せば信用のできないものではあるが、)或は車内から押し出されたものであるとしてもその区別の如何を問わず、牧野よし子の転落は被告人の注意義務の懈怠(不注意)による結果に基くものと認めざるを得ない。
然らば右と異なり被告人の過失を認めるに足る十分な証拠なしとして被告人を無罪とした原判決は結局証拠の取捨判断を誤つた結果事実を誤認したものというべくこの点の誤認は元より判決に影響を及ぼすものであるから論旨は理由があり、原判決は刑事訴訟法第三九七条に則り破棄すべきものである。